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あと数年で60歳。
いよいよシニアの仲間入り。
シルバー世代になったら、
「号」を名乗ってみようかと。



号。あるいは、称号。
本名とは別に使う名前のことで、
芸名とか、ペンネームとか、
SNSネームも「号」なのかも。



文人の方や、茶道や華道をたしなむ方々は
趣きのある漢字2文字の号を好まれます。
芸術系の方は、無色斎、大雅堂といった、
アトリエ屋号タイプも。



自分の場合、風雅な雰囲気とは程遠いし、
書斎もアトリエも、庵もないし。
さて、どんな号にしようかと。
毎晩、寝る前に考えています。



小島英記さん「塚原卜伝~古今無双の剣豪~」



~京の都を混乱に陥れた応仁の乱がようやく終わった。
長期にわたる戦いによって世は乱れ、
室町幕府の弱体化も進んでいた。



生まれ故郷の鹿島から、
兵法修行のために京都へやってきた塚原新右衛門。
愛宕山中で刺客に襲われた将軍補佐職の細川政元を救った。



兵法者として天下一にこだわる塚原新右衛門は、
細川家の家臣との決闘に臨み、勝ちを得た。
しかし遺族の恨みを受け、京都を立ち去ることに。



山陰の出雲に滞在中、細川政元が死去したと聞き、再び京都へ。
思いがけず、将軍の足利義澄への目通りが実現。
その後、武田氏が治める甲斐の国へ。~



日本三大兵法と言われているのが、
念流、神道流、陰流。
その中のひとつ、神道流の流れをくむ鹿島流が、
塚原新右衛門の剣の源流です。



塚原新右衛門は鹿島領主の一族で、
物語では人懐っこい好人物として描かれています。
兵法修行の旅で、全国各地を渡り歩き、
剣の腕を磨きながら新当流を確立し、弟子を鍛えます。



室町幕府第13代将軍で剣豪として名高い、足利義輝。
武田の軍師、山本勘助。
公家大名であり、武名も名高い、北畠具教。
みなさん、塚原新右衛門直伝のお弟子さん。



修行の旅から地元に戻った塚原新右衛門は、
「ぼくでん」という号を名乗ることに。
塚原卜伝。この時、33歳。
平均寿命50歳という戦国時代ではもう若くない年齢です。



さて、毎晩、号を検討中です。
ごめんください。おちゃのこさいさい。はっしどうどう。
言葉遊びになってしまい、妙案がうかびません。
あ、みょうあん、妙庵。これがいいかも。

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