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先月、ふと思い立って地元の自然史・歴史博物館へ。
開催中の「小笠原忠真展」を堪能してきました
忠真公は徳川家康・織田信長の曾孫で小笠原小倉藩の初代藩主。
郷土料理「じんだ煮」誕生のきっかけをつくった方です。



忠真公は戦場で鬼神のような活躍をされたそうで、
愛用の兜(レプリカ)が展示してありました。
大物の曾じいちゃんを持つ、トップクラスの領主なのに、
すごく地味でシンプルなデザイン。



歴史通の知人は「兜を見れば、その武将の腕っぷしが分かる。
派手なのを好むのは非力な武将。強い人は実用性を重視。
一騎打ちに滅法強かった山中鹿之助の兜は実戦向きで秀逸」と。
名前にあやかって鹿の角が付いているそうです。



山中鹿之助・・・
七難八苦与えたまえ、と言った人?
毛利元就の物語にも登場しましたが、
あまり気に留めていませんでした。



しかし「楠木正成の再来」と聞けば、
正成ファンとして鹿之助のことが知りたくなります。
でも、読む前から分かってしまうのです。
おそらく最期は・・・



松本清張さん「山中鹿之助」



~尼子(あまこ)家の中老であった山中幸重が早世した後、
幼い息子と母は屋敷を出て、百姓として暮らしていた。
彼は野山に棲む猿や鹿と遊びながら逞しく成長した。



小さな豪族であった毛利家は着々と勢力を伸ばし、
尼子領内へ攻め入ろうとしていた。
不穏な状況の中、山中家の遺児は元服して尼子家に仕官した。



三日月の前立てと鹿の双角を備えた兜姿で、
戦のたびに目覚ましい功績を挙げた山中鹿之助幸盛。
特に一騎打ちでは抜群の強さをみせた。



巨大化した毛利一族に圧倒される尼子家。
劣勢は如何ともしがたく、
ついに強敵毛利の軍門に下ることとなった。~



戦況が芳しくなくとも決して諦めない男、鹿之助。
愚直なまでに一本気、常に全力で、先頭に立って。
主君への忠誠、尼子家再興、自分の志を貫きます。
やはり、最期のシーンでは泣けてしまいました。



仕官の折、家老様が名付けてくれた名前が「鹿之助」。
サルや鹿と遊んでいたことからの命名ですが、
「猿之助」でなくて本当に良かったです。
猿の兜って狡そうだし、第一カッコ悪いから。

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Calender